Summary
個人的に、「良いクリエイティブ」とは何か?に対する強い関心がある。
実は現時点で自分の中で一定の解のようなものを持っている。
それは、「理と情」である。良いクリエイティブを作るための要諦は、溢れ出る情を理で制御すること、そしてその結果が一つの形として成立していることである。
「理」は方法論、メソッドと読み替えても良い。良い絵を描くためには、まず画材や画法に関する知識が欠かせない。理なしには、つまり、表現方法を知ることなしには作りたいものは作れない。
しかし、理だけでは面白くない。感動が生まれない。
「情」はコンテクスト、こだわり、個性である。
あらゆる作品の面白さの根幹には「わからなさ」「理解できなさ」が存在している。映画も音楽も、全てを理解できてしまうと不思議と面白いと感じない。
裏切りであったり、予想を超えてくることが、感動を生み出す源泉となる。
しかし、この情をどこまで突き通すかに作り手の経験、センスが必要となる。
理と情はどちらも必要であることは間違いない。しかし、どちらも譲り合わなくては一つの形として成立しない。理と情のバランス、ここに作品としての「良さ」が宿る。
東洋では「守破離」、西洋では「Apprenticeship, Journeyman, Mastery(徒弟、職人、達人)」として知られる概念は、経験による理と情のバランス調和の移り変わりを示しているのではないか。
中には極端に理に偏った、もしくは情に偏った美も存在する。
この「理」「情」は言葉にすると単純であるが、一つの形として成立させることは簡単ではない。
理と情の均衡、その形は制作の過程の中で制作者が「見つけ出さなければならない」。
いくら頭で考えても、形となって初めてその価値が発揮される。頭で考えたものは、大抵は形にすることができない。
形との対話の中で制作者は「見つける」。形が先にあるのか、制作の意図が先にあるのか、制作の過程で溶け合っていく。
このプロセスに理と情が必要となるのである。