Client Company
博報堂DYホールディングスの中核企業の一社である株式会社博報堂は、生活者発想とパートナー主義をフィロソフィーに、社会に新たなる価値を生み出し続けている総合広告代理店です。
Overview
Pechat(ペチャット)は、博報堂グループが開発した子ども向けIoTスピーカーです。お気に入りのぬいぐるみをおしゃべりにするボタン型スピーカーというコンセプトのもと、2016年に発売開始された初代モデルでは親御さんが操作する仕様となっていましたが、2021年に発表された新モデルでは「ほぼ自動おしゃべりモード」を搭載。Pomaloは、この「ほぼ自動おしゃべりモード」のシナリオ設計、および会話作成の領域でご支援をしました。
Point
- 不確実性の高い新規サービス領域で、保育園のリサーチなど定型にとどまらないアプローチでプロジェクトを支援
- 「育児」や「音声」といった特殊領域にも、専門性が高いスタッフをアサインして品質向上に貢献
Project Members
- 写真左:小野 直紀[Naoki Ono](株式会社博報堂 クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー/「広告」編集長)
- 写真右:西尾 清香[Sayaka Nishio](Pomalo株式会社 ソリューション事業部 コンテンツ部 プランニンググループ プランニング・エディター)
Story
専門家がいない領域だからこそ、編集者という存在に着目
Pechatのプロジェクトリーダーである小野さんは、
--まずはPechatの新モデル開発までの背景について教えてください。
小野:Pechatはもともと「自動でおしゃべりする」という世界観を描いていたプロダクトですが、初代モデルをリリースした頃はまだ技術的に難しく研究開発段階でした。それが、スマホ操作なく喋ってほしいという要望も増えてきたことから、いよいよ自動会話を実装しようというフェーズになり、これまでのマイナーアップデートではなく、思い切ったバージョンアップとして新モデルの開発を進めました。中身のエンジンはもちろん、マイク精度を上げるなど各種性能を向上させています。
--どのような方がユーザーになるのでしょうか?
小野:3〜5才あたりの未就学児のお子さまがいるご家庭や親戚がメインとなります。誕生日やクリスマス、出産祝いなどのきっかけでご購入いただくことが多いですね。
--Pomaloへの依頼の経緯を教えていただけますか?
小野:Pechatの新モデル開発には、大きく3つの役割が必要でした。まずはベースとなるUXを作っていく人間で、ここは私が担当しました。次に、Pechatの会話エンジンにフォーカスするチームです。Pechatのシナリオ(会話の分岐ルール等)を作るメンバーと、実際のコンテンツ(具体的な台詞)を作るメンバーが必要でして、前者は弊社のチームからメンバーをチョイスし、後者をPomaloさんに依頼することになりました。
そもそもこの領域の「専門家」という人がほとんどいない中で、編集者というロールの方は相性が良いのではないかと考えました。特にプロダクトの属性を鑑みて、子ども向けの言葉やセリフを考えられる編集者だったらいいなと。何名か面接をしていった中にPomaloの西尾さんがいらっしゃって、相性が良さそうだなと思いお願いすることにしました。
要件は「おしゃべりを通した遊びと学び」だけ
Pechat新モデルの目玉機能である「ほぼ自動おしゃべりモード」を実装するにあたって、小野さんがこだわったポイントは、会話エンジンとしてのあり方とキャラ設定にありました。
--新モデル版の開発を進めるにあたっての「こだわりポイント」を教えてください。
小野:会話エンジンとしてどういう”あり方”がいいのかを考えた時、いわゆるAIが全ての質問に自動かつ的確に返答するのはまだ技術的に難しいです。よって基本的にはシナリオベースになると考えていました。
その中で、単にシナリオ分岐していくだけだとこれまでの延長線上に過ぎないので、コンテンツの出し分け装置を作る必要があると考えていました。クイズや質問といった、様々なコンテンツを用意しておいて、それらを条件に応じて出し分けるようなエンジンの開発です。
あと、別の観点としてはキャラ設定です。初代モデルの時からですが、Pechatは第三者である友達や兄弟/姉妹などとは違う「子どものパートナー」として、時には助け、また時には助けられるような存在にしたいと考えていました。この構想時からあるキャラの思想は、コンテンツを作る上でしっかりと維持したいと考えていました。
--そういったコンセプトを実現するために、Pomaloにはどのような依頼をしましたか?
小野:全体の開発コンセプトとして、担当いただいた西尾さんには「おしゃべりを通した遊びと学び」とだけお伝えしていました。コンテンツに関しては誰であっても知見があるわけではなく答えも持ち合わせていないので、Pechatを学びながら作っていく前提だと確信し、あえてその粒度でご依頼しました。
あとは西尾さんの方で、それを設計するために必要な各調査などを行ってもらい、細かくコンテンツへと落とし込んでくれました。
--西尾さんは、今回のプロジェクトを受けるにあたってどのような経験が活かせると思いましたか?
西尾:産後ずっと育児誌をやってきていたので、まずはその経験を生かせるんじゃないかと考えました。お話をいただいた頃、うちの子どもがちょうど6才になったタイミングで、Pechatのユーザーさんに近い立場でした。それなので、身を持って体験してきた幼児の育児経験を生かせるんじゃないかと、ご縁を感じました。
保育園での実地調査から見えてきた「3つ」の大切なこと
シナリオで会話するPechatに「生きものらしさ」を持たせるために、西尾さんが起こしたアクションの一つ。それは、保育園での実地調査でした。そこでの気づきの多くは、実際の新モデルのシナリオコンテンツとして採用されています。
--小野さんからの、良い意味で”ざっくり”としたご依頼に対して、どのような対応をされたのでしょうか?
西尾:今までAIやIoTを利用したプロダクトのシナリオ作りに関わる経験はなかったので、まずはしっかりと「理解をする時間」が必要でした。事前調査として他のコミュニケーションロボットなどを調べていったのですが、もっと違う観点の情報が必要だと思い、保育園にいる子どもたちの様子を見に行きまして、それがすごく良かったと思います。ユーザーを目の前にして気づくことはたくさんありました。
--プロジェクトを進めるにあたって、どんなことに苦労されましたか?
西尾:大枠の設計とロジックが組まれている中で、いかにしてそこに「生きものらしさ」みたいなものを作るのか。ここはプロジェクトが継続している今も含めて、ずっと考えています。ロジックの隙間に落ちてしまうものは、一般的な人間のコミュニケーションでは普通に存在します。ここをいかに表現するかに、いつも苦労しています。
--この「生きものらしさ」を作るために、具体的にどのような工夫をされたのですか?
西尾:元々、Pechatには豊富なシナリオと分岐が存在し、子どもを飽きさせない工夫がされています。そのシナリオの中であえていくつかだけ” 分岐がないもの ” を残すようにしています。例えば「空はなんで青いのか」という子どもの質問に対して、「そうだよねえ。どうしてだろうねえ。ちょっと難しいけどどうしてかなって考えるの楽しいよねえ!」みたいな形で、考える余白を残すようにしています。また、質問や歌、お話、ごっこあそびなど、会話形式ではないものもランダムに再生される構成にしている点も、保育園での観察からの気づきを反映した仕様です。実際に子どもたちを観察すると、実は会話といえる会話をしていないことが多々あるのがわかります。歌やクイズなどのループでコミュニケーションが成り立っていることがすごく多いことを目の当たりにしたからこそ、そのような「子どもの雑談」を定義して組み込むようにしました。
あとは、ノリツッコミをしたり自分からボケるような、空気を読んだ発言をするのも、子ども達とのコミュニケーションを成立させるために大事な要素だと思い、コンテンツに入れ込んでいます。
小野:西尾さんには初代モデルの何千とあるコンテンツリストのルール整理からしてもらいまして、本当にゼロから新モデルのコンテンツ制作に携わっていただきました。保育園に行くなど、実際にアクションして感じた上でなされたご提案はとても説得力があるので、いただいた内容はかなり積極的に取り入れていきました。
「色々な分野で編集者の価値発揮がどんどんとなされていくといいなと思います」
雑誌『広告』の編集長を務めている小野さん。「編集者」という存在に、予測不可能な未来を切り開くポテンシャルを感じられているようです。
--今後のPechatの展望を教えてください
小野:Pechatのような存在は人間の完全な代替でなくて良いと考えています。ではどんな存在が “「あるべき姿 」 なのかについては、とにかく仮説と実行の観察を繰り返すしかないと考えています。観察を通してしか、UXの答えは見つかりません。西尾さんがこれまでやってくれたような、現場に行って確認・検証するような定型にとどまらないご支援の姿勢は、引き続き必要だと思っています。
--プロジェクトを通して良かった点や、Pomaloへの期待を教えてください。
小野:いわゆる編集者は、具体的なコンテンツとなる台詞を作るのはもちろん、各ライターさんとのやり取りから校正・校閲まで、何かを一つのパッケージにしていく能力が非常に高いと感じます。その編集者が持っている特殊なスキルをいかにうまく転用させていくかが使命だ、というお話を聞いていた中で、いざお願いをしてみたらドンピシャでした。すごく良い職能の転用だと感じます。私たちのプロジェクトについてはもちろん、これから色々な分野で編集者の価値発揮がどんどんとなされていくといいなと思います。
Credit
- 執筆:長岡武司
- 撮影:太田 善章