Chat GPTは敵か?味方か? イベントを俯瞰しGPTの限界に挑む

Summary

Chat GPTは敵か?味方か?
イベントを俯瞰しGPTの限界に挑む

もはや常態化してしまったChat GPTに関する話題やニュース。4月末にプロの編集ライターが書いた文章vs Chat GPTが作った文章を徹底比較したイベントに続き、5月末にもイベントを開催。編集者によるGPT文章作成(プロンプト指示)のライブ実演の模様を解説しながら、GPTは果たして編集者やライターの敵なのか、味方なのか? を徹底分析します。

5月30日に開催した弊社イベントVol.2
トップ編集者による文章作成のライブ配信の内容を公開

この日のイベントの目的は
・編集やライター、クリエイティビティへのリスペクトは持ちながらも、生成AI活用の未来に対して「敵」ではなく、「協力者」としてのイメージを醸成すること
・生成AIの活用イメージを実感してもらうこと
・生成AIの限界とは? 人間の頭脳との差とは?

参加者:
Pomalo株式会社 
コンテンツフェロー 澄川恭子
クリエイティブディレクター 引地 海
データサイエンティスト 岩井大志
コンサルタント 河田智宏

この4人でイベントがスタート。

まずは、GPTに文章を生成させるために、自然言語(誰もがGPTを簡単に使えるという設定で、あえて難しいプロンプトを使用せず)でプロンプトを作成。
指示したプロンプトは
『20代男女をターゲットとした、漆器を売るためのWebメディア掲載記事(750文字程度)を生成してください』のみ。

ただし、ここで大切なのは、
・ターゲットの設定
・漆器という題材を用いた目的
・文字数
だけは明確に行った。
生成された文章は以下。

元雑誌編集長経験のある澄川と、クリエイティブディレクター引地の2名がこの文章を評価。

<Good Point>
・思っていたよりもキャッチーでキャラクターが見えてくるような印象
・新人編集者がもってきたら、「まともに書けた」と一定の評価を与える文章(50点程度/新人の場合の点数)
・「新しさ」や「高級感」で飛びついたバブル時代(30年以上前)の若者と違い、いまの若者のデモグラフィックを考えると、SDGsや持続可能な社会のための選び方を提案しているのは、時代に合った原稿の書き方

<Bad Point>
・漆器を知らない20代に、漆器の特徴が記載されていない(漆器を知っている前提の文章)
・伝統工芸品の特徴になってしまっていて、「漆器」でなくてはという文章になってない
・ブログじゃないので「20代の皆さん」など訴えるのはNG
→良い原稿とは「一人称」や「二人称」といっ「人称」を使用せずに書く
・誰に読んでもらいたいのか、誰の心を揺さぶりたいのか、そこが抉られていない
(文章には「20代の皆さんに」とあるが、それ以外はぼんやりしている/そもそも20代は漆器が高価なことも知らないのでは?)
・選び方からギフトにも対応するなど、話を広げすぎ。言いたいことが薄れてしまっている

改善策として『生成した文章を踏まえて、漆器の特徴を記述して修正するように』と再度指示したところ、生成された文章は、初回よりも漆器に言及してはいるものの、やはり選び方からギフト対応まで書かれた平たい文章に。どの部分にフォーカスして、読み手の心を動かすかを考えていない強弱のないものだった。
*お見せしても仕方のない文章なので、ここでは割愛

このままでは、GPTが生成してきた文章を、答えのないまま永遠に修正するというスパイラルに陥るため、一旦、生成された文章に対する改善指示をストップ。

コンセプトを定義しなければ
編集者にもGPTにも的確な文章生成は難しい

そもそも
現状:単純に20代若者に漆器を売るための文章を求めた

結果:総論(浅く広い内容)になっている

圧倒的な問題点は、人間(編集者やライターなど)が何かしら原稿を書く際には、その記事で何を伝えるのか、しっかりとコンセプトを定義して書いているのに対し、GPTにコンセプトを定義せずに文章生成をオーダーしているからでは? との議論に。
*コンセプトとは、その原稿に触れた前と後で状態が変わることを狙いに、「誰の何をどう変えるのか」という目的=主題を定義すること

今回は
誰の:20代男女の
何を:ライフスタイルを変えて食器くらいこだわりたいと漠然と思っている(仮に設定)
どう変える:漆器のよさを伝え、1個くらい買ってみたいと思わせること
ここまでは定義しているが、1個買ってみたいと思わせるために、どういう気持ちを抉るのかという目的が抜けている。

そこで必要となるのが、編集という視点だ。
取材を通してモノやコトのよさを聞き出し、既存&既知のモノに別角度からスポットライトを当て、新しく定義をしてみせることをいう。
GPTが最初に生成してみせた文章のように、単純に漆器が工芸品ですごいからいいものだとか、職人が作っているから本物だというお決まりの言葉では、刺さらない。

今回のテーマである「漆器」を実際に引地が取材している。
その取材で引地が見つけてきた漆器の別角度、すなわち伝えたい視点=切り口とは?
「漆器には100年かけて完成する美=経年変化を楽しむことができる食器で、飽きない要素がある」ことを、コンセプトに入れ込んで指示すべきでは? と議論が続いた。

GPTの使い方は文章生成だけではない
必要な要素までGPTに考えさせればよいのだ!

以上のことから、
文章生成に詳しい岩井が、求めている原稿をGPTに書かせるためには
①    適正な記事を生成するための要素や変数一覧をGPTに聞く
②    GPTが示した要素に従って、コンセプト(主題)などを入れ込む
という流れがよいのではと提案。

まずは、①をGPTに聞いたところ、必要な要素や変数は以下のとおりだった。

この提示された内容を元に要素や変数を入れ込んだプロンプトが以下。↓

文体と語彙のカジュアル感の設定を変えながら2回トライした最終のGPT生成原稿がコレだ!

<評価コメント>
・タイトルはイマイチだが、言いたいことがひとつにまとまってきているので、内容はよくなった
・例え話がわかりやすくてよい
・キャラクターがわかるようになった
・文章にリズムがある
ただし、
・全体を通して継ぎ剥ぎ感が否めない
・全体に強弱をつくって「作り物ではない言葉」に変えていくと90点くらいにはなりそう

<総論>
ChatGPTは、幅広い一般常識と問題解決能力があるので、専門的な内容に関する文章生成がある程度正確にできることは確か。
けれど、GPTは、膨大な言語学習を通して文章を生成できるに過ぎない、つまり言語の蓄積と組み合わせとしての記憶で吐き出されているため、客観的、かつ理論的な文章が得意。
それゆえ、ある程度大まかな文章の枠組み(文脈)や解説をGPTに生成させ、それをベースに人間が言葉を研ぎ澄ませて原稿を仕上げていく「共同作業」こそが、GPTとうまく付き合う方法だろう。

GPTと人間の言語感覚の圧倒的な違い
そここそが共存ポイントだ

でも、その研ぎ澄ませ方とは何か? 
ここからはイベントでは伝えていない私自身の考えを記載したい。

先にも書いたが、GPTは情報蓄積による客観的、かつ理論的な文章感覚をもつが、身体的共感を生むための文章感覚はないに等しい。
人間がもつ言語感覚は、客観的な整理能力も持ち合わせているが、その一方で、「楽しい」「面白い」「美味しい」「エモい」......といった「感情」や「共感」、その場の「空気感」といった身体的な記憶も伴うため、GPTの提案する文章は、どこかよそよそしく、それこそエモいと感じる文章にはなりにくい

人間が言葉を発するようになった遙か遠い昔、そのきっかけはおそらく自分の中に湧き上がる「嬉しい」「きれい」「好き」といった感情をシェアして伝えたかったからだ。客観的事実を伝えたかったからではない。
だからこそ、人間に備わった感情の記憶、すなわち身体的記憶をもつ限り、その共感や感情を引き出す編集(スポットライトの当て方)や文章、言葉を、人間自身が研ぎ澄ませて、足していかなくては、人の心を揺さぶることはできない。
身体的な経験や「心」がないため、主観的な文章を紡ぐことが圧倒的に苦手なGPT。GPTができるのは、集合知としての尖りのない「平均的な」文章の量産にすぎない。

ChatGPT4が発表されて以降、急速にAIにとって代わられるのではないかという懸念ばかりが取り沙汰されている。
しかし、人間にしか表現できない感情の記憶を言葉にする能力を研ぎ澄ませていけば、集合知としての知見をもつAIとうまく共存し、より巧みな共感を生む表現ができるに違いない。

前回のイベント『The Contents』ーー「元雑誌編集長が徹底比較〜ライターvsChat GPT〜ライターは生き残れるかを問う」は、こちら

Contact